2013.06.02 〜 06.04

 ” どうして 石見銀山が 世界遺産なの? ”  6年間抱いていた疑問を解くべく 石見銀山 へ 
 「 石見銀山遺跡 とその文化的景観 」 は、2007年7月2日 ユネスコの世界遺産に登録されています。


銀山地区
16世紀、石見銀山では、東アジアの伝統的な 精錬技術である 灰吹法(はいふきほう)を 取り入れることによって 銀の現地生産を軌道に乗せ、良質な銀を大量に生産しました。

当時、世界で流通した 銀の約3分の1 が日本銀で 石見銀山は、日本の銀鉱山として、ヨーロッパ人に 唯一知られていたようです。

龍源寺間歩

昭和18年まで稼働していた 龍源寺間歩は、大久保間歩(870m)に次ぐ大坑道で、中に入って見学することができます。





出口付近の右壁には 古文書の「 石見銀山絵巻二巻 」 が電照版で展示されていて、当時の坑内の様子が見れます。










清水谷製錬所跡   山すそに、傾斜を利用して造られた 明治時代の先端技術による 製錬所跡。







下河原吹屋跡 (発掘調査によって発見された江戸時代初めの銀精錬遺跡)    豊栄神社 (とよさかじんじゃ)   極楽寺






周辺に見られるシダは、ヘビノネゴザというオシダ科のシダで 貴金属を好む性質を持ち 銀山発見の手がかりになったと言われている。






香り袋を売っている中村屋のご主人は、愉快なオジサンでした。 吊り下げてあるのは香木らしい。   右下は、高橋家  








町並み地区
大田市大森町は、石見銀山領の中心となった地で 武家や商家、社寺仏閣など様々な建物が混在して残っています。

これらの建物は、復元されたり 改修されたりして、資料館やレストラン、カフェ などの楽しい 立ち寄りスポットとなっています。

大森の町並み

銀山採掘に関わった人々の想いを感じながら散策。   昔のままの姿で 営業中の 「山陰合同銀行」   下左は自治会館






いろんなオブジェ(?)がそれとなく置かれている。   どんな人が住んでいるのかしら・・・・・






なんと 木製の自動販売機。 ちゃんと買えました。   水道管とバルブと木でできたベンチ。 ちょっと腰かけてみたかったけど・・







熊谷家住宅

石見銀山で栄えた古い商家。 江戸時代後期から末期にかけての有力商人の身分や生活の変遷をよく示しています。






家業である鉱山業や酒造業のほかに代官所に収める年貢銀を秤量・検査するなど、石見銀山御料内でもっとも有力な商家の一つです。






復元された台所では、課外授業の一環として 子供たちが 実際に かまどを使って調理実習が行われるそうです。







群言堂

是非立ち寄りたいと思っていたお店。  風にそよぐ 暖簾をくぐって モデルのような 女性現る。 失礼します! パチリッ!



築150年の古民家を改修して造られた店内は、研ぎ澄まされたセンスにより 古き良き時代の雰囲気を存分に残しています。





仁摩町(にまちょう)地区
幸せな時を刻む 砂時計の町


仁摩サンドミュージアムは、すぐ近くにある 琴ヶ浜の 「鳴り砂」 をモチーフに造られていて、 大小6基の総ガラス張りのピラミッドが並んでいます。

仁摩サンドミュージアム(砂博物館)

世界最大の 一年計砂時計。   ドラマ 「 砂時計 」 で一躍有名になった サンドミュージアムです。



中に入ってる 直径平均サイズ0.106mm の1トンの砂は、ちょうど365日で落下するよう コンピューターで制御されています。







60年ぶりの  出雲大社 「 平成の大遷宮 」  奉祝行事が行われていました。






遷宮とは、御神体や御神座を本来あったところから移し、社殿を修造し、再び御神体にお還りいただくことだそうです。



正しい参拝の作法は 『 二礼 四拍手 一礼 』   今回は正しい作法で参拝したので また新たな ご縁があるかも ・・ウフフ ・・



      

6年間 想い描いていた 世界遺産・石見銀山遺跡に 行くことができました。

一泊目は三瓶温泉、二泊目は石見銀山積出港としてにぎわった 世界遺産・温泉津温泉( ゆのつおんせん )に宿泊です。

これで、現在16ヶ所ある日本の世界遺産の中で 出かけていないのは、小笠原諸島です。 ( まだ 世界遺産に登録されていない時に出かけた場所も いくつかありますが )

もうすぐ富士山が 登録されるかもしれないですね。その時は、老体に鞭打って 出かけてみようかな・・・・・ 大丈夫かな・・・・・

                      2013年6月


ガイドさんの話によると == 石見銀山遺跡は、自然との共生の中で栄えた銀鉱山で、その産業の衰退とともに遺跡が周囲の
                    自然の中に溶け込みながら残っています。 世界遺産に登録された価値は、長年にわたる遺跡と
                    それを取り巻く自然、そこに住む人々との調和した姿にあり、これが 世界遺産として 評価された
                    重要なポイントとなったようです。


撮影 Canon IXY 610 F       ホーム        ページトップヘ      







 
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